おう!皆の衆元気にしておるか!
今回は2回目の登場、ワタナベサムライの登場じゃ!
二度目の登場となります、ムチ担当Pの渡辺です。
もう最後の追い込みに入っている「侍道3」ですが、
毎日プレイしていながらも、今になって驚くことの多いこと......^^;
アメ担当の寺澤Pと「ここで○○すると××になるって知ってた?」と、
小学校の休み時間的な会話が交わされているのが現実で、
ディレクターのコウジロウくんですら、
「日々変わるので細かい部分まで完全に把握できない」と。
当ブログにて寺澤Pも書いておりましたとおり、仕様については知っていて当然の立場なのですが、
ことNPC同士が勝手に起こすミラクルについては、予測の範囲を軽〜く超えます。
NPCが定められたルールで動いている世界に入りこんだ一人の侍(プレイヤー)という"異物"によって、
見たこともない連鎖が次々と起こる様は、まるで飽和水溶液が一気に結晶の花を咲かせるかのよう。
そんな化学反応を見たいがために、今夜もプレイを止められず......。
とまあ、制作サイドですら延々と、かつ何度プレイしても楽しいゲームになっていると、
今さらながら感じているのがお恥ずかしい限りです。
さて、前回は自分の経歴(とアクワイアさんとの数奇なつながり)を書きました。
累計10年以上もゲーム誌の編集をやっていた経緯から、星の数ほどゲームを遊び、
評価の指標として"ゲーム性"といった言葉をよく耳にもしてきましたが、
"ゲーム性"の正体はひとえに、"オモシロイ"に集約されますよね。
ただ、その"オモシロイ"があまりに広義ゆえ、人に伝えにくかったのもまた事実。
そこで当時、自分なりに"ゲーム性"という言葉を使う場合の定義を作っていました。
いかに強制を廃し、ユーザーがゲーム中の目的を模索・遂行・達成できるか、と。
まぁ、平たく言えば"自由度"となりそうですが、ルールのない自由には目的も生まれません。
一定のルールが定められた器の中でユーザーがどれだけ好き勝手に目的を見出し、
遂行に障害とならない入力が用意され、かつ達成感を味わってもらえるか......
そのバランスこそが、ゲーム性という言葉の極みなのではないか。
古くからアクワイアさんの手がける作品はそれらを追求し続け、
結果、「侍道」という作品に行き着いたのではないかと感じております。
今回はゲーム誌の編集者っぽい視点で書いており恐縮ですが、
あくまで私見ゆえ、お許しくださいませ。
なお、小生の戯言を不快に思われた方へのお詫びとして、
某待ち合わせのメッカで自らのL2ボタンを押してみました。
もちろんNPCの方々(駅前の人々)に軽〜く冷笑され、
現実世界も「侍道3」も、"異物"に対しての反応は同様なのだということを、
身をもって実証する結果となりました......m(_'_)m



NPC同士が勝手に起こすミラクル
wktk
もう土下座 しまくります!!
貴殿は誠の侍だ!
乗ってもいい・・(笑)^?^
いまさらながら自由度の高さを感じました
早くやってみたいです
ものすごく変な目で見られてますwwwww
「乗ってもいいの?」 壮年「やめてください、暴力はいけませんよ」
まさに心が病んでる人ですね。道の真ん中で一方的に土下座されても困ります。
「往来のじゃまだ、そこをどけ」と言われても仕方ありません(笑)
「お前、何がしたいんだよ」
「おまえ大丈夫?」
「乗ってもいいの?」
冷たすぎるw
渋谷でやるとは・・・なんというサムライw
確かにアクワイアゲーの面白さを一言で表すのは難しい・・・
某大作RPGの様な美麗なCGがある訳でもなし
世界が破滅するような壮大なストーリーがある訳でもなし
でもなんて言うか、キャラクター一人一人がちゃんと生活してそうな、
不思議な空気があるんですよね
だから親近感が持てるつーか
それはクリエイターの持ってる一見無駄なこだわりのせいなのかも
知れないですけど、でもゲームを面白いと思える要素の中には、
そういう臨場感って結構重要なんじゃないかと
例えゲームを進める上では大して意味のない要素であったとしても
だからまぐろは重要なんですよw
おおおー
侍道シリーズ続編でるんですね!
今更知りました・・・
個人的にPS2時代最高の名作と思ってるのでとても期待しています。
今回は一発は出てくるのかなぁw
潔い!!ちなみに蒲田にモアイがあります・・・